さて今回は新企画である「ヘルメットよもやま話」を始めたいと思います。このコーナーではヘルメットの性能や素材、歴史などの各国のヘルメットに分類できない様々な記事を掲載していこうと思います。記念すべき第1回目は「別冊Gun Part2から見る スチールヘルメットの防御力」です。別冊Gun Part2は1982年に発行されましたが、この本の中で銃砲と対になる存在である防具(ヘルメット、ボディアーマーなど)の紹介がされており、その中でスチールヘルメットを射撃することで性能を比較している記事がありましたので紹介しようと思います。この記事が凄いのはYouTube等では見られない九〇式鉄帽や大戦中(←重要)のドイツ軍ヘルメットを射撃していることです(追記:後述しますがYouTubeで九〇式鉄帽を射撃している動画が最近投稿されました)。おかげで自分で海外に行って実際にヘルメットを撃ちたい欲求が収まりました(笑)。この2つのヘルメットが果たしてどれほどの防御力を示すのかが気になりますが、素材による防御性の違いなども私が付け加えながら考察していこうと思います。この記事内で大戦中・戦後というのは断りがなければ第二次世界大戦中・第二次世界大戦後のことを指します。
テスト概要
テストに使用するヘルメット
これがテストに使うヘルメットです。ヘルメットを番号順に紹介していこうと思いますが、元雑誌のヘルメットの紹介には重量と採用年度ぐらいしか書いていなかったので(重量が記載してあるのはありがたいです)、情報を適宜付け足していこうと思います。
① 九〇式鉄帽(日本)・・・1930年に制式化されたものでこの実験に使うヘルメットの中で最も設計が古いです。材質はクロームモリブデン鋼等(モリブデンを含まない似た性質を示す代用鋼も多かったみたいです)で、硬質な素材となっています。大号と小号の2サイズありますが実験に使っているのは形状と重量から見て小号のようで、このテストで用いたヘルメットの中で一番状態が良いです。米国で購入したのか日本で購入したものを持ち込んだのか分かりませんが、1980年代という時代を考慮しても高価だったのでは...と思います。今では帽体のみでもこのコンディションのものを手に入れるには難しいと思います(私も手に入れたいです)。重量は1040gです。
② MKⅡ(英国)・・・1936年に制式化されたものと記載されていますが、1938年の間違いだと思います(Mark I*と混同している?)。一般的にはブロディヘルメットの中の一つとして知られています。材質はM1ヘルメットの外帽と同じ高マンガン鋼(ハッドフィールド鋼)で、柔らかい素材となっています。M1ヘルメットの外帽に内装を取り付けた物と考えていただくと良いと思います。サイズは7サイズある内装を取り換えることで調節します。このテストで使われたヘルメットには何故かチンストラップが付いていません。重量は988gで、このテストで用いたヘルメットの中で一番軽いです(この重量だと約1kgあるM1ヘルメットの外帽よりも帽体の厚みが薄いかもしれません)。
③ M1935(イタリア)・・・M1935で1935年に制式化されたものと記載されていますが、1933年に制式化?されたM33ヘルメットだと思います(当方イタリア軍のヘルメットはあまり詳しくありません)。見た目は旧東側諸国のヘルメットと似ており、材質もそれと似たようなものだと推測されます。サイズは3種類あるようです。重量は1068gです。
④ M1935(ドイツ)・・・1935年に制式化されたもので、旧来のM16ヘルメットよりも近代戦に特化したものとなっています。このテストで使われたヘルメットは写真で見る限りではM35ではなくM40のようです。材質は調べた限りでM35の場合はモリブデン鋼やニッケルクロムマンガン鋼やニッケルシリコンマンガン鋼などと表記が一定しておらず、M40の場合はシリコンマンガン鋼と統一して記載されている感じです。The History of the German Steel Helmet 1916-1945(英語版)のP441ではM35がモリブデン鋼、M40がシリコンマンガン鋼と記載されていますが、詳しい組成は確認した限りでは見つかりませんでした。サイズは60,62,64,66,68,70,72,74の8種類(!!)あり(70,72,74は特注品のようです)、ライナーバンドのサイズも1cmおきにあるという有り得ないサイズバリエーションになっています。このM40はなんとスノーカモ(スノーカモは実物が少ない)で、素人目ではオリジナルペイントのように見えます。重量は1320gですが、このヘルメットのライナーバンドが見た限りではスチール製であるため重めになっていると考えられます(帽体だけだとサイズにもよりますが1kg前後になります)。
⑤ M1(米国)・・・1942年に制式化されたものと記載されていますが、1941年の間違いだと思います。このテストで使われたヘルメットは外帽が戦後型のようで、内帽がナム戦期のナイロン製ライナー(コットン製のものよりも強度があるが100g弱重くなる)なのでこのテストで用いたヘルメットの中で実質一番新しいヘルメットです。外帽の材質は高マンガン鋼(ハッドフィールド鋼)で、柔らかい素材となっています。内帽はコットンやナイロンの布をレジンなどの樹脂を使って成型したもので、この製造方法を応用して現用の合成繊維製のヘルメットが製造されています。ですが現用のヘルメットとは違い単体では破片を防げないので、柔らかく凹みやすい外帽と組み合わせることで効果を発揮します。サイズは嬉しいフリーサイズで、このテストで用いたヘルメットで唯一のフリーサイズのヘルメットとなっています。重量は1458gで、このテストで用いたヘルメットの中で一番重いです。
⑥ M1936(ソビエト)・・・制式化の年は冷戦中のためか記載されていませんでしたが、1936年に制式化されたもので今ではSSh-36と呼ばれているものです。普通でしたらSSh-40辺りを使いそうなものなのですが、この雑誌が発行された1982年は冷戦中でSSh-40はドイツ軍のヘルメットよりも高価で入手困難なためか、SSh-36が使われているようです。材質はニッケルシリコンマンガン鋼(ロシア語で36СГНАと略されます)が使用されていますが、初期(1938年まで)のSSh-36にはシリコンクロムモリブデン鋼が使用されていたらしいです。モリブデン鋼の原料である輝水鉛鉱が限られた場所でしか採掘できず安定供給が困難なため、最初は使われても後々使われなくなるようです。36СГНАはSSh-40にも使われていますが、大戦中の1942年にニッケルの消費を抑えるため36СГАとなりました。サイズは4種類あるようです。重量は何故か記載されていませんでしたが、調べると1100g程度だそうで九〇式鉄帽と同じぐらいみたいです。
⑦ オートバイ用ヘルメット・・・米国で市販されているオートバイ用の安全ヘルメットで、25ドルの安物だそうです。このヘルメットはあくまで参考として載せており、メインは上記の6つのヘルメットです。
...というようにテストに使うヘルメットを紹介しましたが、現在ではテストに使えそうなヘルメット(九〇式鉄帽、スノーカモのM40、SSh-36)を撃っており、これは自ずと結果に期待できそうですね。ちなみに私が今現在所持しているのは九〇式とドイツM35(戦後ノルウェー軍で使用されたもの)とM1だけです。
テスト方法
ヘルメットのテスト方法はピストルで撃つテストとライフルで撃つテストの2種類あります。詳細は上の図を見ていただければ分かると思います。ピストルで撃つテストは分かると思いますが、ライフルで撃つ方法がヘルメットに跳弾とその破片を浴びせるという榴弾の破片を想定した変わった方法になっています。実はこの話には裏話があり、前号の別冊Gun Part1でもヘルメットを射撃しているのですが、AR-15(5.56mm×45)とAR-7(.22LR)で4種類のヘルメット(M1の外帽のみ?、MKⅡ?、ドイツ軍M35?、M1917A1?で、詳しい形式は記載されていません)を普通に射撃しており、全て貫通しています。ヘルメットの詳しい形式が記載されていないのに加え2ページしか割り当てられていないためかなり適当な記事となっています。それで読者から苦情が来たのかは分かりませんが、今回紹介する次号である別冊Gun Part2では一転してテストに使うヘルメットやテスト方法にも気合の入ったものになっています。
余談ですが、上の2つの図を作成するのがこの記事を書く上で一番大変でした。雑誌に掲載してある図を写真に撮って載せることも出来るのですが、そうすると図が見づらくなってしまうので掲載の図を基に作成しました。PMC ammoというのはPMC社製の弾薬という意味で、ball ammoというのはミリタリー・ボールという意味です。それではそのテストがどのような結果になったのかや、その結果から私が考察していこうと思います。
テスト結果と考察
ピストルで撃つ
左からオートバイ用ヘルメット、MKⅡです。オートバイ用ヘルメットは弾痕が小さい(当たった時の抵抗が少ないため)ですが貫通しています。MKⅡは一応凹んで受け止めようとしている痕跡はありますが全て貫通しています。やはりというかMKⅡは上方からの飛散物向きに設計してあるWW1時のままなので、側面からはかなり弱く拳銃弾も防げていません。
左からSSh-36、M33、九〇式鉄帽です。3種類とも似たような重量と素材なためか似たような弾痕となっています。直角で九〇式鉄帽は割れてもギリギリ貫通していませんがそれ以外は直角で貫通しています。これは九〇式鉄帽が他の2つよりも状態が良いことも関係しているかもしれません。この次の結果が衝撃的でした。
左からM1、M40です。M1はYouTubeを見ればわかると思いますが、凹んでいても内帽が衝撃吸収の役割を果たして貫通していません(内帽は弾性があるので元の形状に戻る)。M1は予想通りなのですが、M40が写真を見ると少ししか凹んでいません。YouTubeで撃っているのはほとんどが戦後フィンランド向けに生産されたM40/55というもので、それは9×19mmでもスポスポと貫通しているのを見ていたので、この結果には大きな衝撃を受けズルをしているのではないかと思ったのですが、所持しているM35とBGSのM35/53(M40/55と内装は違いますが帽体は同じものだと思います)を比べたところ、M35には磁石が付くのですがM35/53には磁石が付きません(M1のように磁石を近づけるとフワフワとした感じはする)。つまり素材が違うのではと考えました。そういえばM40/55は派手に凹んでいる個体が多いですがWW2時のドイツ軍ヘルメットはあまり凹んでいる個体は少ないです(凹んでいても少ししか凹んでいない)。
ライフルで撃つ
斜入角30°の場合
オートバイ用ヘルメットですが、帯状に破片が食い込んでいます。ピストルやライフルのどちらの弾痕も小さいため貫通していないように見えますが前述のように当たった際の抵抗が少ないため弾痕が小さくなります。
左上から時計回りにM1、MKⅡ、M33です。M1は外帽に小穴があいていますが内帽は貫通していません。それ以外のヘルメットは貫通しています。
上から時計回りに九〇式鉄帽、M40、SSh-36です。小さな凹みがあるだけでダメージはありません。
斜入角20°の場合
上からSSh-36、九〇式鉄帽です。どちらも割れて貫通しています。どちらも同じような組成の素材なためかピストルで撃つ時で解説した時と似たような割れ方になっています。
左からM1、M40です。M1は見えにくいですが内帽まで貫通しており、M40も貫通しています。ですがSSh-36や九〇式鉄帽と比べると弾痕は小さいです。ピストルで撃つ結果(この写真の右上の凹んでいるところです)と併せると、M1のような柔らかいヘルメットより少し硬いヘルメットだと思います。
以上の結果をまとめた表を以下に作成しました。斜入角30°で貫通したヘルメットは斜入角20°でのテストは行っていません。
ヘルメット | 9mm×19 | 5.56mm×45 | ||
斜角撃ち | 直角撃ち | 斜入角30度バウンド | 斜入角20度バウンド | |
ドイツ・M1935 (1320g) | へこみ | へこみ | わずかなへこみのみ | 破片で小穴 |
米国・M1 (1458g) | へこみ | 大きなへこみ | 破片で小穴が2個開いたが、内帽はわずかな傷のみ | 破片数個が内帽も貫通 |
日本 (1040g) | へこみ | 割れたが貫通せず | 破片でわずかなへこみ | 割れて貫通 |
ソビエト・M1936 (記載なし、1100g) | へこみ | 割れて弾の一部が貫通 | 破片でわずかなへこみ | 大穴貫通 |
イタリア・M1935 (1068g) | へこみ | 割れて貫通 | 破片で小穴が1個 | |
英国・MkⅡ (988g) | 貫通 | 貫通 | 破片で3~4個の小穴 | |
オートバイ用 (記載なし) | 貫通 | 貫通 | 破片の4分の1が貫通 |
考察
このテストで唯一で最大の疑問は、やはりM40ヘルメットの卓越した防御力でしょう。戦後フィンランド向けに生産されたM40/55やBGSのヘルメット、西ドイツのM62などとは全く性能や素材が違うと考えられます。そこで今回はこのテストで用いられたM40ヘルメットがどうしてこのような結果を示したのかや、なぜ戦後になって素材が変化したのかを考察していこうと思います。
仮説その1:大戦中のドイツ軍ヘルメットの性能は元々高い
WW2時に使用されたM35、M40、M42のドイツ軍ヘルメット(WW1時のものも?)は元々性能が高いという仮説を立てると必ずぶち当たる疑問が「それならばどうしてWW2中に一連のプロトタイプを開発したのか」です。一連のプロトタイプというのは、M35に小改良を加えたA(東ドイツのM54と同形状?orM42?)、イギリスのMKⅢのような印象を受けるB、東ドイツのM56ヘルメットの元となったBⅡ、ルーマニアのM39ヘルメットのような形状のCの他に、ET社が試作した東ドイツのM82ヘルメットの元となったThaleモデルがあります。これら一連のプロトタイプは従来のヘルメットよりも生産性や防弾性能を上げる目的で製作されましたので、もし従来のヘルメットが性能が良ければこのようなプロトタイプの開発は行わないはずです。この一連のプロトタイプの開発については別の記事で詳しく紹介しようと思います。
仮説その2:実はQ社製のM40だった
ご存知の通りドイツ軍のヘルメットはメーカーによって形状や仕上げなどの細部が異なりますが、Q社ことQuist社製のものは他社製のものに比べて帽体に使用された鋼板が厚く(帽体を正面から見て厚みの違いが分かるレベル)、仕上げも丁寧だと一般的に言われています。なので性能も他社のヘルメットに比べて良いのではないか...と考えられます。ですが今回のテストで用いられたM40が本当にQ社製かどうかは刻印を見なければ分からないので真相は闇の中です(今回のテストで用いられたM40は見た目からはQ社製ではない感じがします)。余談ですが、Q社は他社で1942年になって他社がM42に切り替わった後もM40の製造を続け、1944年になってようやくM42の製造に取り掛かるのですが何故か本格的な量産には至らずに終戦までM40を製造し続けたとされている職人意識が強い?会社です。このため、Q社製のM40は他社のM40に比べて現存数が多いです。
ではどうして戦後になって素材が変わったのか
これは恐らく一次資料を見ないと分からないと思います。Ludwi
まとめ
別冊Gun Part2にあるヘルメットを射撃している記事なのですが、私の期待通りの記事で大満足でした。特に他では見られない九〇式鉄帽や大戦中のドイツ軍ヘルメットを射撃しているところが資料性が高く、九〇式鉄帽は予想通りの結果でしたが、ドイツ軍ヘルメットの卓越した性能の理由は今後の研究課題になりそうです。どのヘルメットが一番良いのかは考え方によりますが、単純に防御力で見るとM1やM40が良いですが重量やそれによる安定性の低下、M1はチンストラップの問題、M40はライナーのサイズの問題があるので、防御力は抑え目になりますが安定性や着用者の負担の軽減を考えるならばSSh-36や3点式チンストラップの九〇式鉄帽が良いといったところです。
因みに別冊Gun Part2での結論は性能が良いのはM1やM40で、重量で見るとM1よりM40の方が軽く防御力は同等なためM40が優秀となるが、命中角度と命中物によってはM1の内帽が大きな効果を発揮するかもしれないので以上のテストだけでは両者の優劣は判定できないとなっており、この後に頭部を保護する意味ではドイツ軍ヘルメットのデザインがM1よりも優れているのは確かで、当時開発されたばかりでテスト採用されているPASGTのプロトタイプから見てもそのデザインの優秀さは理解できるだろうとなっています。
冒頭で追記したYouTubeで九〇式鉄帽を射撃している動画はこちらです。
射撃しているのは私が警察予備隊で使用されたもの...だとしているものですが何故か内側にタイ文字が書かれており、動画でも戦後タイで使用されたものと解説されています。この鉄帽を使用したのが警察予備隊なのか戦後のタイなのかは、警察予備隊で九〇式鉄帽を使用している写真を探す必要がありそうです。以前九〇式鉄帽を紹介した記事にも書きましたが、このヘルメットの穴を埋めたものが中田商店で再生鉄帽として販売されていました。肝心のテスト結果なのですが、9×19mmや45ACPでも貫通しており、ヘルメットの状態が悪く距離が4~5mと近いこともあるかもしれませんが他国のヘルメットの水準に届いていないような印象を受けます。また、別冊Gun Part2のテストと同じように割れるように貫通しており、他国の硬いヘルメットに比べて更に硬く粘性が少ない感じです。動画主であるMike Bさんは他国のヘルメットも射撃していますが、別冊Gun Part2のテストのSSh-36とほぼ同じ素材であるはずのSSh-40が割れ方が少し抑え目で性能も上がっています。これは状態や時代が違うのと戦後になって素材が良くなったと考えるのが良さそうです。大戦中のドイツ軍ヘルメットは射撃していませんが(M40/55は射撃しています)、大戦違いでWW1のオーストリア=ハンガリー帝国のM17ヘルメット(M40/55と同じく戦後フィンランド軍から放出されたものです)を射撃している動画を最近投稿されており、こちらもWW1時の古いものだということもあるかもしれませんが他国のヘルメットの水準に届いていない結果でした。
長くなってしまいましたが、スチールヘルメットの防御力がどのようなものか分かってもらいましたら嬉しいです。スチールヘルメットにはM1のような柔らかいヘルメット、大戦中ドイツ軍ヘルメットのような中途半端なヘルメット、九〇式鉄帽のような硬いヘルメットとありますがそれぞれで特性が異なっています。現用の合成繊維製のヘルメットはスチールヘルメットとは違った特性を示すので別の記事で詳しく紹介しようと思います。新しく分かったことがありましたら随時追記や修正をしていきます。